気になった本
山尾悠子偏愛アンソロジー 構造と美文 山尾 悠子(編) – 筑摩書房
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784480440952
“「山尾悠子さんは、どんな作品を読んできたのですか?」――しばしば放たれるその質問に応えました。
端正な入れ子型、視覚的イメージを強く喚起する一直線構造、極度に人工的な言語世界、中毒性のある美文……作家・山尾悠子の想像力を刺激し、育てた短篇小説作品に詩を添えて。ボルヘス「バベルの図書館」、バラード「時間の庭」、ラヴクラフト「アウトサイダー」、澁澤龍彦「蘭房」、三島由紀夫「中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃」など、幻想的かつ美しすぎる文学作品の花束。”
気になったツイート
リベラル劣勢な時代にどう闘う。共和党議員も味方にした初のトランスジェンダー下院議員に聞いた【米・サラマクブライド氏】
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_69a4c76be4b0c426d6a7cbc9
私の仕事は扇動屋が期待する反応をしてやらないことです。残念なことですが、「ファースト(先駆者)」の責務は往々にして、侮蔑に耐えることでもあります。彼らは「ここにお前の居場所はない」と言うために嫌がらせをしてきます。とはいえ、当選直後からこれほどの攻撃を受けるとは思っていませんでした。
議会内の女性トイレを使うなという規則には賛同しませんが、多数派である共和党が支配する下院では抗う方法はありません。私にできるのは、嫌がらせをしているのは誰で、いじめられているのが誰か、人々に明確にわかるように示すことです。常軌を逸したヘイトに対して、品格と尊厳ある反応をすることで、人々は誰が正しくて誰が間違っているのかわかるはずです。
これは難しく、そして論議を呼ぶアプローチです。トランスコミュニティの中には私に対し「もっと反論すべきだ」という意見があるのは知っています。でも私はトイレに座るためではなく、議席を活かすために議会に来たのです。私の選択は正しいと思っています。もし攻撃されたのがより大きなLGBTQコミュニティであれば私は闘います。でも、私個人に向けられた攻撃ならば、「(叩かれていない)もう一方の頬」を差し出すでしょう。挑発には乗りません。
その結果として、民主党だけでなく共和党議員の中にも、私が真剣に政策に取り組む議員であることを理解してくれて一緒に仕事できる人が増えました。だからこそ、新人議員としてこの1年間に消費者保護から国際人権問題、LGBTQの権利擁護などさまざまな分野で他の新人よりも多くの法案を超党派で提出することができたのです。
でも残念ながら、先駆者は常に侮辱に晒されるのです。1950年代、学校で人種統合が行われたとき、侮蔑的な言葉をかけられたアフリカ系学生たちは毅然とした態度でやり過ごしました。少数派は穏やかで尊厳ある姿勢を保つことで、ヘイトと自分たちを分けたのです。それが非暴力抵抗の理論です。
その後で起きたのが、小委員会でのミスジェンダリングでした。私が「マダム議長」と応じた、あの対応が好きだと言う人はいます。でも、反応したために注目を集めてしまいました。即座に同僚議員が私を擁護してくれて、それは自然で美しい友情の発露でしたが、注目されたことで議長を喜ばせてしまいました。この議長はもう一度同じことをしましたが、やり過ごしたらそれ以上繰り返すことはしませんでした。
ですから、今、私たちが、希望がないと感じるとしても、その希望のなさが1850年代に奴隷だった人にとっての希望のなさや、大恐慌時代の失業者の希望のなさ、そして、1950年代にクローゼットの中にいて、ありのままの自分として生きていける時代が来ることなど夢にも思わなかったLGBTQの人たちにとっての希望のなさよりも大きいなんて言える人はいないでしょう。
彼らには諦める理由がいくらでもあった。でも諦めなかった。トンネルの先に灯りは見えなかった。それでも諦めなかった。希望をなんとか見つけ出して灯りを探して、世界を変えたのです。先行世代にそれができたなら、私たちにもできるはずです。独裁主義はシニシズム(冷笑主義)の中で繁栄します。希望を保ち、人々が変化する力を信じ続けてこそ、民主主義は生き残ることができるのです。
保守的な発言がミソジニーに対するバリアになる

コメント