射精責任と映画『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』

ティモシー・シャラメ主演で現在公開中の映画『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』が、射精責任をテーマにした映画だと気づいたのは、『日本の「射精責任」論』を読んだからなのだが、けっして牽強付会や強引なこじつけではない。

「射精責任」は最初、ガブリエル・ブレアのソーシャル・メディア上の投稿で有名になり、その後出版された『射精責任』もベストセラーとなった。中絶に関する論争に置いて、産むか中絶するかは女性の選択か責任とされているが、そもそも望まない妊娠は男性が射精を行わなければ発生しないし、男性が避妊なしの膣内射精を避けることは女性が避妊をすることに比べれば圧倒的に簡単だということ論じている。

この映画は、主人公マーティが、幼馴染で人妻であるレイチェルと職場の靴店のバックヤードで避妊なしでセックスするところから始まる。なぜ避妊していないのがわかるかというと、セックスシーンのあと、精子が卵子に向かっていき受精する様子が描かれ、それがこの映画のオープニングクレジットシーンになっているからだ。

精子が卵子にたどり着き、受精した卵子が卓球の球にモンタージュされる。そこから映画は始まり、その卵子が成長し産まれた赤子の泣き声で映画は終わる。卓球と避妊なしのセックスとその結果が映画のテーマとなっていることがはっきりと示されている。

マーティがロンドンでの世界選手権への遠征のあとそのまま世界中を巡業して、数か月後に帰ってくるとレイチェル(ちなみにユダヤ系であると思われる彼女の名前は、旧約聖書に登場するラケルに由来するのだろう。ラケルも妊娠と出産に縁が深い)のお腹はかなり大きくなっているが、マーティは自分の子であると認めない。

マーティは日本での世界選手権へ出るための金を集めるため、なりふりかまわず、殺されそうになりながらのどたばたを繰り広げるのだが、そこに身重のレイチェルを巻きこんでおきながら、夫の元から家出してきた彼女を罵倒し突き放す。

なんとしても日本へ行くため、屈辱的な扱いも受け入れたマーティは自信過剰な傲慢さを砕かれる。日本へ出発する直前、大けがをして病院に運びこまれたレイチェルに付き添うマーティは、彼女との関係を看護師に訊かれ、自分はレイチェルの友人だと告げる。

日本での試合では目先の金銭的な成功よりも、卓球プレイヤーとしての誇りのほうを選択したマーティが帰国すると、レイチェルはすでに出産を終えていた。

慌てて病院に向かったマーティは、出発前の時とは違い、病院の受付で自分は赤ん坊の父親だと告げ、レイチェルに対しても、もうどこにも行かないと告げる。

映画のラストシーン、我が子と対面したマーティは顔をくしゃくしゃにして喜びの涙を流す。

この映画は、避妊なしのセックスをしたにもかかわらず妊娠の責任を取ろうとしない男が、世俗的な成功よりも人間としての誇りと、レイチェルへの責任、父親としての自覚に目覚めるまでの物語なのだ。

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