グロテスクだけどロマンティック、青春恋愛人肉食ロードムービー/『ボーンズ アンド オール』感想

映画

監督は『君の名前で僕を呼んで』のルカ・グァダニーノ、主演の少女マレンを『Waves』のテイラー・ラッセル、マレンと出会う青年リーを『君の名前で…』主演のティモシー・シャラメが演じる。

ゴヤの「我が子を食らうサトゥルヌス」という絵がある。ローマ神話のサトゥルヌスが、狂気に見開いた眼をこちらに向けながら我が子の体から肉を嚙みちぎっている姿を描いた、ショッキングな絵だ。マレンと母親との再会のシーンはまさに「我が子を食らうサトゥルヌス」のモチーフ、リーと父親との間に起こったことはそれをひっくり返したものになっている。

ルーベンスの「我が子を食らうサトゥルヌス」
ゴヤの「我が子を食らうサトゥルヌス」

この映画はカニバリズムという強烈なモチーフを使いながら、ガール・ミール・ボーイと少女の成長を描いた恋愛青春ロードムービーだ。

他人の命を奪わなければ生きていけないという点では人肉食も吸血鬼も同じだ。人間社会から疎外された人外の存在が苦悩したり恋愛したりという点では、『トワイライト』シリーズと同じ青春ファンタジーといえるけど、この映画が『トワイライト』シリーズとぜんぜん違っているのは、人間の肉を食べるという生々しさによって吸血鬼ものにある耽美さが完全にはぎとられているという点だ。

ただ、原作がヤングアダルト小説ということもあってか、人肉食描写は生々しいけど陰惨というほどではなく、主人公たちの同族=イーターたちは匂いで仲間を見分けられるという設定など若干ファンタジックな要素も残っていて、あくまでも人肉食という欲求は社会に受け入れられないタブーの象徴として描かれている。

この映画に出てくるイーターたちは、現実のシリアルキラーみたいに人肉を調理して食べたりしない。死体や生きてる人間に直接噛みついて食べるのだ。ちょうど肉食獣が獲物の肉を食べるように……ということを考えていたら『寄生獣』を思い出した。匂いで仲間を見分けられる設定とか、途中で出てくる、同族じゃないのにイーターの仲間になってる男とかだけじゃなく、哲学的なテーマの部分でも共通点がある。いってみればこの映画は寄生獣どうしが出会って、自分はどういう存在なのか思い悩みながら恋に落ちる映画といえるんじゃないか。

同じモチーフの短編アニメーションで”Edmond”という作品がある。フェルト素材によるストップモーションアニメだけど、こちらは哀切極まりないエンディングになっている。

人肉食という社会に絶対に受け入れられない欲求、そのために殺人を犯さざるを得ないし、イーターたちは必然的に孤独になり、サリー(マーク・ライアンス)や旅の途中で出会ったイーターの男(『君の名前で僕を呼んで』にも出ていたマイケル・スタールバーグが強烈な印象を残す)も、同じように狂気に蝕まれている。マレンの父親が育児放棄したのも、母親が自ら精神病院に入ったのもその欲求が原因だ。しかし、そんな欲求があること自体はかれらの責任ではない。シマウマを殺すライオンに罪がないようにある意味ではかれらに罪はない。だから殺人を繰り返しながら旅を続けるマレンとリーの姿も爽やかな青春ロードムービーとして描けている。

吸血鬼ものから耽美さを剝ぎ取って、でもやはりティーンの青春とロマンティックな恋愛を描いていてタブーによる社会からの疎外が強烈であればあるほどマレンとリーの恋愛はロマンティックなものになる。アメリカ南部の荒涼としながらも美しい風景、ゴヤの絵のように強烈でありながら陰惨になりすぎず、ロマンティックでありつつ甘すぎない恋愛映画というバランスを保っている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました