読み始めはなんで摂食障害? と思ったけど、摂食障害患者の9割が女性で、摂食障害とは女性の病気なのだった。
現在の〈性の商品化〉のありようは、商品化のターゲットとなっている若い女性たちに、自分自身の身体をあるがままに肯定的に受け入れることを困難にさせているように思う。女性の身体には過剰に性的な意味合いが付与されているだけでなく、同時にそこには貶めたイメージが付与されても いる。そのために、自分の身体を時に否定的なものとして捉え、自らの身体を拒否することによって、女性の身体に付与されているマイナスのイメージや女性的な身体をもつがゆえに被らざるをえない現実の被害から逃れようとする女性たちがいる。特に摂食障害の女性たちの中には、そのような人が少なくないように思う。 これは〈性の商品化〉が女性の身体や自己に与えている負の影響ではないだろうか。
p.78
なぜ痩せようとするのか。かつて拒食症だった女性の体験談が紹介される。”彼女が求めているのは、異性の(視線の)侵犯の対象となるようなグラマーな身体ではなく、「女らしさ」の意味合いを保ちつつも、そこから性的な意味合いを払拭できるような「痩せた身体」となることである“(p.82)
痩せた身体は美しいとされると同時に、大きい胸や腰をもつグラマーな体型は性的に成熟した女らしい体、(とくに男性から見て)性的魅力のある身体ともされる。痩せた身体を追求するのは「女らしくなること」と「女らしくなくなること」を同時に実現しようとすることである。
著者は、痩せようとする女性たちは痩せた身体が美しいというメディアからのメッセージやコンプレックス産業の被害者というだけではなく、男性からの目線を拒否し自分の身体をコントロールするという主体性も見出そうとする。しかし、現代社会において女性の身体がどう見られるかということには、商品価値のあるモノという評価もいやおうなく入りこんでくる。痩せようとすることは主体的な自己実現でもあり、自分の身体を商品であるモノとして磨き価値を上げる行為でもある。ここで性の商品化と摂食障害がつながる。
たとえば、街頭で「アダルト・ビデオに出演しませんか」と声をかけられたとする(男性はこのような状況に置かれる可能性自体が、女性と比べて少ないであろう)。女性はこのような状況において、男性以上に迷いが生じやすいことが予測される。なぜなら、女性にとって自らの身体や性が「商品」になりうるということは、それを侮辱として感じる女性ももちろんいるだろうが、自らの女性性の価値を高く評価されることを意味してもいるからである。総じて女性は、そのような「性的商品」という文脈から評価されることに対して、男性以上に自らのアイデンティティを 賭けている、正確には賭けさせられてしまっていると言えるのではないだろうか。
p.93
この社会では、女性の身体の「商品価値」が男性のそれよりもはるかに高い。映画『逆転のトライアングル』で描かれていた男性モデルの地位の低さを思い出す。スーパーモデルとその恋人でやはりモデルである男性との格差は、男性中心社会での男性と女性の立場を逆転させたものだ。女性の体の「商品価値」が高い社会というのは、女性が性的商品となるためのレールが敷かれた社会といえないだろうか。そのような社会で、”女性自らが性的存在となることを主体的に望んでいる“というストーリーによって、”女性たちには最初から選択の余地はあまり与えられていないのだという事実が社会的に隠蔽されていく“(p.95)
また別の女性の体験談から、摂食障害と男性との性的関係との結びつき、自分の体をコントロールしようとしながらコントロールを失っていくこと、自分の体がどう見られるかということは社会と切り離せないことなどが論じられる。
摂食障害の女性たちの中には、「痩せた状態」と「太った状態」とを交互に繰り返す人たちが少なからず存在する。「痩せた身体」の時と「太った身体」の時とでは、彼女らの自己意識や日常生活の 送り方 他者との関係の持ちかたはかなり異なったものとなっている。
p.101
「それが本当に私にとって楽しいことなのかとか、よい経験なのかとか聞かれたら、きっと違うだろうというところが、食べ物と似ている。」さらに彼女は、「自分の欲望を自分でちゃんとわからない。 そもそも欲望があるのかないのかわからなかったり、欲望を自分で認められない、表現できない」 とも語っている。食欲も性欲も、自分自身を離れた「なにか大きな力に動かされていて」、それによ って「コントロールされているような」 危機意識を彼女は持っている。「食」と「性」の領域を通じ 自分自身がこの文化・社会を動かす支配原理に絡めとられていくという危機感が、彼女を不安に陥れているのである。 そして、それはこの女性だけにかぎらず、インタヴューにこたえてくれた摂食障害の女性たちすべてに共通する感覚であるように、私には思えるのである。
p.102
本稿で見てきたように、摂食障害の女性たちは、自らの性や身体、あるいは欲望を通じて、自分自 身がなにものかによって支配されていくという危機感や恐怖心を抱いている。これは、自らの性を実際に商品化するしないにかかわらず、少なからぬ女性たちが〈性の商品化〉に対して抱いている感情を反映したものとなっているのではないか。このような不安や恐怖の原因の一端は、女性の身体や身体イメージがすでに商品となっているという事態のなかにある。つまり、〈性の商品化〉と一般に言われるような意味での商品化をたとえ行ってはいないとしても、女性の身体や身体イメージがすでに商品となっていること自体が、女性たちの間に自らの身体を商品として捉える意識を生み出している。そして、そのことが女性自身にとって時に深刻な自己破壊として経験されているのである。
p.103-104
コメント