女性が沈黙させられる理由/『ディスクレイマー 夏の沈黙』感想と考察

映画

『ローマ』のアルフォンソ・キュアロン監督によるミニ・ドラマ・シリーズ。前作の『ローマ』はキュアロン監督自身が撮影監督も務めた自伝的な作品だったが、今作はルネ・ナイトのミステリ小説が原作になっている。本作はスキャンダルによる”キャンセル”と、なぜ女性が沈黙させられるのかという現在も続く問題を描いたミステリになっている。原作が出版されたのが2015年の4月、ワインスタインの性的加害が報道されたのが2015年の3月だけど、小説はそれ以前から書かれていたらしいので、時代の空気に共鳴したということなのかもしれない。

優秀なジャーナリストである主人公のキャサリン(ケイト・ブランシェット)のもとに1冊の小説が送られてくる。それはキャサリンの過去のスキャンダルを告発するもので、ときおり差しこまれるジョナサンという青年のイタリア旅行のパートはその小説の内容であるらしいとわかってくる。

イタリア旅行のパートに出てくる若いころのキャサリンはレイラ・ジョージが演じていて、ふとした眼差しがケイト・ブランシェットそっくりに見えてCGで合成してるんじゃないかと思うほど。

イタリア旅行のパートは作品内作品だし、”現実”のパートにも登場人物たち自身の語りや、神の視点のナレーションが入る。第1話のキャサリンがジャーナリズムの賞を受賞するシーンで、プレゼンターによるスピーチで「語り(ナラティブ)と形式に気をつけて」「私たちは自身の信念と決断のせいで操られてしまう」と警告する。視聴者はなにが真実なのだろうかと身構えながら観ることになる。

『行きずりの人』というその小説によってキャサリンは”キャンセル”されることになる。職場の同僚や夫からも見放されてしまうのは、キャサリンが当事者としてなんの反論も説明もしないからでもある。しかし、彼女には真実を告白できない理由があった。もし告白すれば、「証拠がないじゃないか。嘘をついてるんじゃないか」「なぜいままで黙ってたんだ?」「本当だとしても被害者のほうに落ち度があったのでは?」などの質問にさらされることになるとわかっているからだ。me tooムーブメント以降もいまにいたるまで、まったく同じことが現実でもずっと繰り返されている。

このドラマシリーズ全7話のうち、キャサリンの逆襲が始まるのは6話の終わりからなので、物語の9割はナンシーとジョナサンの母息子による妄執を見せられることになるわけで、『ローマ』のように美しい映像とノスタルジーに浸るというわけにはいかない。

キャサリンの家族と、ジョナサン、母親ナンシー、父親のスティーブンたち家族は対の構造になっている。母と息子、妻を理解することに失敗する夫。キャサリンは”キャンセル”されるが、スティーブンも”キャンセル”されてクビになった教師だ。

ナンシーは書き上げた『行きずりの人』を公表する意思があったのだろうか? スティーブンは勝手な思い違いでする気もなかった復讐を代行してしまったんじゃないだろうか。すべてが終わったあとにキャサリンは夫ロバートに元には戻れないと告げる。その理由も重い。

ミステリ的な仕掛けだけでなく、真相はドスンと重いドラマだった。

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