愛の不条理と狂気を暴露する/『憐れみの3章』感想と考察

映画

ヨルゴス・ランティモス監督の最新作。エマ・ストーン、ウィレム・デフォー、ジェシー・プレモンス、ホン・チャウなど同じ俳優が別々の役を演じる3つのストーリーから構成されている。

脚本はエフティミス・フィリップとランティモスの共同脚本で、『籠の中の乙女』、『ロブスター』、『聖なる鹿殺し』と同じだ。シュールで謎めいたところの多い映画だが、これらの作品とも共通するテーマははっきりと示されている。冒頭に流れるユーリズミックスの「Sweet Dreams」の歌詞にもあるように、共依存的な支配と服従の関係、純愛とかロマンティック・ラブ(sweet dream)に含まれている狂気を極限まで拡大して描いている。表現される感情が強烈で、他の映画で描かれる人間関係が陳腐に感じられてしまう。

素敵な夢はこんなことでできている

誰もがなにかを探している
あなたを利用したい人がいる
あなたに利用されたがる人がいる
あなたを虐待する人がいる
あなたに虐待されたがる人がいる

第1話では、レイモンド(ウィレム・デフォー)が従業員であるロバート(ジェシー・プレモンス)の行動、朝何を食べるか、妻とセックスをするか、子どもを持つかどうかなど、日常のこまごまとしたことから人生の重大な決断まで、何をして何をしてはいけないかすべてをコントロールしているさまは旧約聖書で描かれる神と人の関係のようだ。創世記で神は敬虔なアブラハムに対して息子のイサクを生贄にするよう命じる。殺人を命じられたロバートは命令を拒否したことでレイモンドからいままでの関係を解消される。妻も仕事も失ったしまったものの、自由になったはずのロバートは精神のバランスを失っていく。中世のキリスト教社会では破門されるということは仕事にもつけず普通の人間としての人生を失うことを意味していた。そのような共同体から追放されることの絶望をまざまざと見せてくれる。

また、レイモンドがロバートがどのように話し始めるかを指示する場面は監督と俳優の関係も連想させる。”sweet dream”とは映画のことでもあるのだろうか。

第2話では、警察官であるダニエル(ジェシー・プレモンス)は遭難して行方不明になっているリズ(エマ・ストーン)を心配するあまり少しおかしくなっているらしく、同僚や上司に心配されている。リズが発見されて家に帰ってきても彼女のことを偽物だと感じ、『ロブスター』のラストのような”愛を確かめるための試練”をリズに課すことになる。ダニエルが偽物だと疑うリズは、ひたすらダニエルのことを肯定し、ダニエルの言うことにはなんでも従うようになる。ダニエルに都合の良すぎるリズはやはり偽物で、幻想のリズが死んだことで本物のリズが帰ってきたということなのだろうか? それにしてはダニエルの言動も常軌を逸している。

第3話では、エミリー(エマ・ストーン)とアンドリュー(ジェシー・プレモンス)がカルト教団のために死人を蘇らせることのできる人間を探している。元夫にレイプされたエミリーは教団から追放されてしまう。カルト宗教の信仰がなければ精神の安定が保てないエミリーはどんな手段を使ってでも教団に戻ろうとする。1話も2話もある意味で主人公にとってはハッピーエンドだったが、エミリーは生き残ったようだが、教団に帰れる可能性はなくなってしまった。エミリーは教団の外でも幸せに生きて行けるのだろうか?

3つの話はどれも、支配され虐待されたがる男女を描いている。ロマンティック・ラブや家族愛や宗教的な愛、誰もが求めているようにみえる愛とは、このように人を支配してもいるのではないか。この問いは『籠の中の乙女』、『ロブスター』、『聖なる鹿殺し』にも共通している。

もう1つ共通しているのは、虐待される女性だ。1話ではロバートの妻(ホン・チャウ)は自分の知らないところで堕胎させられ、リタ(エマ・ストーン)はレイモンドの操り人形のようだし、2話でのリズはあきらかにDVを受ける女性として描かれる、3話のエミリーは睡眠薬をのまされレイプされる。権力による支配の影には常に尊厳を踏みにじられる女性が存在している。

テーマははっきりしているが謎も多い。R.M.F.とは何者なのか。3つのストーリーで唯一同じ名前を持つキャラクターだが同一人物なのだろうか。第2話のリズはどちらが本物なのか、本当のことを言っているのはどちらなのか。友人夫婦とのスワッピングの意味は? 2話と3話の分身、双子のモチーフはこの映画を読み解くキーになるのだろうか?

これらのパズルのピースがぴったりとはまるような全体の絵がどのようなものかわからないし、全体の絵が存在しているのかもわからない。ただ、見返すたびにきっと新たなピースが見つかって、パズルを解きたくさせられるのだろう。

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