2004年~2005年にアフタヌーン誌で連載された豊田徹也『アンダーカレント』が今泉力也監督で映画化されることに。まさに底流のように読み継がれてきた名作が、というだけでなく、20年前のリアルタイムで読んでいた自分が甦ってくるような感慨がある。
主人公かなえは親の代から受け継いだ銭湯を夫婦で営んでいたが、夫の悟が突然失踪してしまう。そのショックから銭湯を閉めていたが、夫は戻ってこないと覚悟したかなえは、組合に手伝いの人間を紹介してもらい営業を再開することにする。紹介されてやってきたのは堀という男だった。堀が来たことで、銭湯の営業自体は以前のような日常が取り戻された。そんなある日、偶然再会した旧友から私立探偵を紹介され、失踪した夫の捜索を依頼することになる。しかし簡単に見つかることはなく調査は打ち切りになる。夫のことは完全に諦め堀と銭湯を営む日常が戻ってくることになるかと思われたが、常連の少女みゆが行方不明になるという事件が発生し、かなえの過去のトラウマが甦ってくる。なにごともない日常、よく知っていると思っていた人間のまったく知らなかった一面、自分でも意識できていなかった心の傷、表層からは見えない部分で流れていた暗流が、表面にあふれ出してくることになる。
銭湯の日常、細かいセリフ回しや表情の描写が繊細かつ的確で、昭和の上質な人情ドラマのよう。心のひだを描くシリアスなドラマだけじゃなく、笑いもあるのがいい。

以下、ネタバレを含みます。
紹介された私立探偵・山崎に会ったかなえは「この人なんとなく堀さんに似てるな」と思う。山崎は口と顎にヒゲを生やしており、堀も途中からヒゲを伸ばすようになる。再開した夫・悟も無精ヒゲを伸ばしていた。似ているが別人である3人の男。堀は悟の代わりにやってくるわけだけど、入れ替わるといったら即物的だけど、ある人間が救えなかったことを別の人間が代わりに救うこともある、という希望。
かなえは過去に殺人事件に巻き込まれたトラウマがある。幼馴染であるさなえと、見た目が似ているからと髪型と服を入れ替えて遊んでいた日、さなえが男にさらわれ絞殺されてしまう。さなえがさらわれる時、「誰にもいうんじゃないぞ!」「いったらお前を殺すぞ!!」と脅されたかなえは、目撃者として犯人の容姿を尋ねられても答えることができなかった。かなえは、さなえは自分の身代わりとして殺されたのではないかという罪悪感を心の奥に隠して生きていた。
実は堀はさなえの兄で、妹にそっくりなかなえを偶然見かけて銭湯にやってきたのだった。漫画のラストでバスに乗って去ろうとする堀は、バスに乗らず来た道を戻っていく。妹を失ったという喪失感はかなえが身代わりとなって埋めることになり、夫を失ったかなえの喪失感は堀が埋めることになり、さなえが殺されてしまったというトラウマは二人で癒していくことになるのだろう。
ストーリーだけを観ると、最近の日本映画を思い出すような部分があるかもしれないけど、それは順番が逆で、『アンダーカレント』は20年前に発表されているのだ。日本映画界の状況が、20年後にやっとこの漫画に追いついたのだと思う。


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