ニューヨーク・タイムズの調査報道記者ジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーによる『その名を暴け』というハーヴェイ・ワインスタインの性加害への告発報道についてのドキュメント本があり、『SHE SAID その名を暴け』はそれをもとにした映画化である。
印象的だったのは、証拠を集めるためにいろいろなところに取材してもシステム自体が加害者であるワインスタインを守るようになっているという壁にぶつかるんだけど、取材に応じる担当者が女性であること。ミーガンは担当者に「おかしいと思いませんか?」と問いかける。権力者を守るシステムの内部にも女性がいるのだ。システムは永久不滅でも盤石ではない。報道と#metooムーブメントの盛り上がりによってシステムに亀裂が入った。
ワインスタイン報道までの流れを時系列にまとめてみる。
2016年5月、トランプの性的不適切行為についてニューヨーク・タイムズで報道
2016年7月、FOXニュースの女性司会者グレッチェン・カールソンがCEOロジャー・エイルズをセクハラで訴える
2017年4月、FOXニュースの人気司会者ビル・オライリーの性的暴行についての記事がやはりタイムズで報道
2017年10月、ハーヴェイ・ワインスタインによる性暴力告発の報道
「Me Too」というスローガン自体は2006年から存在していたけど、映画で描かれた調査報道によりSNS上で#metoo運動に火が付く。#metoo以降、よくなったことは確かにある。職場でのセクハラに声をあげやすくなったり、それを支援する団体ができたり、さまざまな分野で男女比率を是正しようという動きが出てきたり。しかしいまだになにも変わっていないと感じることも多い。レイプ事件が不起訴になったというニュースを目にするたびに、映画で指摘されていた、金と権力があれば示談というかたちで口を封じることができ、弁護士も示談にさせたほうが儲かという司法システムを意識させられる。
映画はトランプを性的加害で告発しようとするところから始まる。沈黙を破った女性の自宅にはマスコミが押し寄せ、誹謗中傷や汚物が届けられる。記事を発表したミーガンにも殺害脅迫の電話がかかってくる。映画で描かれている、声を上げることを躊躇する女性たちの姿、告発しても無駄なのではないか、結局握りつぶされて終わるのではないか、逆にこちらが訴えられて破滅させられるのではという諦念や恐怖、#metooムーブメントが高まる前の時点では、女性が声を上げることにはいまよりもさらに高い壁があったことを忘れていた。
映画では被害を受けた女性たちが実名で出てくるが、名前を明かすこと自体、とんでもない勇気のいる行動だった。映画の中で「被害女性たちを1つの部屋に集めてお互いに話をしてもらうことができたら」というシーンがある。それはジョディとミーガンが実際に考えたことだったらしいけど、記事公表前はお互いの素性を明らかにするわけにはいかなかったので不可能だった。でも原作の本では、実際に被害女性たちが集まって話をする様子が最終章になっている。告発したことによる影響などを彼女たちは話し合う。性被害と告発という嵐をくぐりぬけた女性たちの姿、「あの人たちが攻撃してくるのは、こっちがボールを持っているときだけよ」とアドバイスするグウィネス・パルトローや、この時点では実名を明かしていなかった被害女性を勇気づける他の参加者たち。
性差別や性加害はいまだに蔓延っているけど、映画も原作も希望を感じさせる終わり方をしている。不当なシステムは盤石じゃない。すでにシステムにヒビは入った。勇気ある人たちがいる限り希望はある。一人ですべてを変えることはできないけど、せめて勇気ある人たちをサポートしなければと思う。
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